5 彼女の絆 〜Strong Soul


「願いの泉を探して来てみれば……」

ミアンの頭の中ではロリアの捜索はどこか遠くにいってしまったようだ。

矢を番え、射る。

ヒュンッ。

風切り音が心地よく鼓膜を刺激する。

的確に心臓を打ち抜かれた魔物はその一撃で絶命する。

「なんなのよ。さっきからキリがないわね」

そう。

確かに迷いの森は魔物の巣窟である。

だが、あまりにも魔物が多いのだ。

運悪く魔物の群れの中に入り込んでしまったのか、随分前から矢を撃ちっぱなしな気がする。

いくら魔物の群れといえど、ここまで群れていることは滅多にあるものではない。

「って、あら?」

今では無意識に本能で行える矢を射るという一連の流れ。

視線は迫り来る魔物からそらさず、矢筒から手探りで矢を掴もうとするが、そこに慣れ親しんだ矢の感触はない。

「うっそ……」

あまりにも魔物の数が多く、残りの矢が少なくなっていたのに気づかなかったのだ。

普段のミアンならありえないミスである。

残り少ないという時点で気がついていれば、威嚇射撃を行いながら後退するということも可能だったが今はそれすら叶わない。

射撃がなくなったことで、かえって魔物たちはゆっくりとミアンに迫る。

無抵抗となった獲物の捕食に慌てることはないと判断したのだ。

じりじりと後退しながら考えることきっかり2秒、ミアンは即座に決断する。

「ジオソード、あなただけでも逃げて。行って皆に報せて」

相棒に自分の最期を託し空へと羽ばたかせた。

「行方不明のまんまお別れってのは寂しいしね。せめて骨くらい拾ってもらわなきゃ」

ミアンは相棒が飛び立つのを見届けようと空を見上げる。

ジオソードは空高く舞い上がり別れを惜しむかのようにくるりと空を旋廻する。

「早く行きなさい!」

だが相棒はミアンの命令を無視し、そこから急降下してミアンににじりよる魔物のうちの一体の脳天を嘴で突き刺す。

そのまま急な襲来に混乱した様子の魔物たちを翻弄するように縦横無尽に駆け巡る。

中には鋭い嘴に急所を貫かれて絶命した魔物もいる。

高速で飛ぶジオソードの鋭利な嘴は、さながら疾風の刃といったところだ。

軽く蹴散らした後、自分の居場所へと帰ってくる。

「バカな子。私の言うことが守れないようじゃ相棒失格よ」

緊急用にと腰に吊るしてあった短剣を抜き放ち、構える。

「でも……嬉しいわ。ありがとう、ジオソード」

応えるように、ジオソードは一声雄々しく鳴く。

「相棒のあなたがまだ諦めてないのに、私が音を上げるわけにはいかないものね!」

ジオソードの奇襲に一気に殺気立つ魔物たち。

だが、不用意に飛び出してくる魔物はジオソードに狙いすましたかのように迎撃され息絶える。

その鮮やかな手法は他のモンスターの警戒を高め、簡単に攻め込ませない心理的優位を確保する。

ミアンも、本職は弓使いである自分が短剣一本で思っていた以上に上手く立ち回れている事実に驚いていた。

わざと隙を見せ、誘い込み、致命的なカウンターを見舞う。

冒険者になるために通った初心者修練場で習った格闘術の基礎の基礎なのだが、基礎ほど難しいものはない。

基礎は地味な反復練習を何度も何度も繰り返し、体に染み付かせることでようやくその意味を成す。

しかし完成した基礎というものは、どれほどまでに練り上げた小細工などよりも頼りに出来る切り札にもなりうるのだ

それをここ一番という状況で、考えて実行するではなく体が先に動いて実行してみせるというのは、ミアンという少女の天賦の才の片鱗が垣間見えた瞬間とも言える。

「私ってば案外やれるじゃない。弓がないと何も出来ないロリアとは格が違うもの、これくらい当たり前よね」

当然だと言わんばかりにジオソードが鳴いて応える。

「さあ、かかってきなさい!」

 

………

 

……

 

 

森の魔物たちは生身の人間を喰らおうという欲望に身を委ねてミアンに襲い掛かるが、この一人と一匹の前にその全てが命を落としていった。

先程までの射撃による華麗な戦い方から一変、短剣による鬼気迫る戦いぶりに、強者に本能で逆らえない動物型の魔物は、ついには戦慄し、一体が逃げ出したのを皮切りに我先にと逃走していった。

肩で息をしながら、自分が生き残ったことを実感する

「私……生きてる……。勝った、んだ…………」

がっくりと座り込み、疲れに押し潰されそうになりながらも警戒だけは怠らない。

疲れが抜けきらないうちに、魔物が逃げ去っていった茂みからガサリと音がする。

「!」

身を硬くして身構えるミアンだったが、予想に反して見知った顔がひょっこり茂みから顔を出す。

「おや、ミアンさんじゃないですか」

「ラビティ……。脅かさないでよ…………」

ミアンを包んだ緊張が一気に剥がれ落ちる。

いつもと変わらぬ落ち着いた声色。

それはミアンにとって、心に平静を取り戻すのに十分なものだった。

「あなた、平気だったの?」

「? なにがですか?」

「だって、そっちに魔物たちが逃げてったのよ。遭わなかった?かなりの数で私に襲い掛かってきたけど、私にかかれば余裕だったわ」

胸を張ってミアンは言う。

本当は死すら覚悟していたのだが、この勝気な少女はあくまで弱気な部分は見せないように振舞う。

「そのわりには争った形跡は見られませんが」

「え?」

言われて気づいたが、戦場となった場所だというのに地面に一滴の血痕も染み付いておらず、モンスターたちの羽や毛の類も見られない。

「うそ……」

「しかし、ミアンさんが言っていることは事実なのでしょうね」

「何言ってるの?今アナタが争った跡はないって言ったのに……」

「とにかく奥へ急ぎましょう。詳しい話はまとめて皆さんにお話します。」

腑に落ちないといった表情のミアンに、疲れたでしょう、と手荷物の中からポーションを分け、しばらく休憩した後二人も森の奥地へと歩みを進めていった。 

 

 

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