4 彼女の優しさ 〜Magnum Break


チュンチュン……チチチ……チチ……     

 

「はゎ〜……。いいお天気ですねぇ〜」

木々の間からこぼれる日差しに手をかざしながらユーニスが言う。

「ですね。まさしくお散歩日和です。こんなことならお弁当持ってくるんでしたね」

失敗したかな〜、とフリーテは苦笑する。

「ぬかりはないですよ。ちゃ〜んと用意してありますから」

騎乗しながらもユーニスは器用に弁当包みを2つ手にとって見せる。

「もう少ししたら食べましょう」

「ユーニスちゃんのお弁当ですか。楽しみですね」

談笑しながら互いのペコペコ、バーソロミューとエクセリオンで森を駆ける。

 

………

 

……

 

 

それからいくばくかの時が流れ、二人はちょっと早いランチタイムを満喫していた。

「わ、おいし〜。ユーニスちゃん、お料理上手なんですね」

「そんなことないですよぅ」

照れながらも、はにかんだ笑顔を見せるユーニス。

他愛もない話題に花を咲かせ、ユーニスの弁当に舌鼓を打ちながら空腹を満たす。

「あの、フリーテさん」

「ん?」

「いえ。ロリアさんのことなんですが、……どうして黙って出ていってしまったのでしょうか」

少し声に翳りが見え出すユーニス。

「私たち仲間じゃないですか。困ったことがあれば、何でも言って欲しいのに……」

「う〜ん……。何か、私たちに言えない理由でもあった、ってことですかね……?」

ロリアは互いに親友と呼べる仲だが、だからといって何もかもを知っているわけではない。

秘密の一つや二つくらいあるだろう。

それはフリーテにしても同じことだ。

言われてみれば、どうして書置きを残して一人で行ってしまったのか。

私にも相談できないようなことなのでしょうか……?

明るく楽しいランチタイムに重苦しい空気が流れ始めたが、その空気はユーニスの声で崩れ去った。

「あ、ポリンだ」

ユーニスの視線はポリンを捉えていた。

ルーンミッヅガッツに広く生息するこの生物は、その愛くるしい見た目とモンスターらしからぬ儚さから愛玩動物とする者も少なくない。

何を思ってか茂みからコソコソと様子を窺っている。

そんな様子がユーニスのかわいいもの好き本能を刺激する。

「はぅ〜。かわいいですねぇ〜」

食べるかな、と食べていた弁当の中からよく焼けたウインナーを一つポリンの近くに投げてみるユーニス。

するとポリンは、ソロソロと茂みから抜け出し匂いを嗅ぐように顔を寄せてからユーニスの顔を覗いたかと思うと、パクッとウインナーをほおばった。

「あはっ♪食べた食べた〜。じゃ、これも食べるかな?」

そんなポリンに気をよくしたユーニスは、卵焼きやアスパラのベーコン巻き、プチトマトなど弁当の定番メニューを次々にポリンに与えだす。

初めは警戒していた様子のポリンだったが、徐々に気を許したのか、最後には擦り寄るようにユーニスの隣にやってきた。

「おなか空いてたんだね?もっと食べる?」

ユーニスの屈託のない笑顔に釣られて微笑を浮かべるフリーテだが、ふと思いついたように疑問を発する。

「あれ?でも、ポリンなんてここに生息してましたっけ……。確かに迷いの森には生息してるはずですけど、こんな奥深くにはいないはずじゃ……」

「やだなぁ、フリーテさん考えすぎですよぉ。単に迷い込んだだけですって」

言いながら、ユーニスは小さく切ったハンバーグを箸でポリンの口に直接放る。

いまやポリンはユーニスの膝の上であやされている状態だ。

ユーニスとポリンの両者もそれを至福に感じている。

「う〜ん……。私の考えすぎなのかなぁ……」

だが、フリーテの意見は根拠が完全にないというものでもなかった。

以前からフリーテは違和感を感じていた。

それがどのようなものかと言われたらはっきりとは答えられないが、心のどこかにモヤがかかったような言葉にはしづらいもの。

実際におかしなことが起こったわけでもないので口にこそしないが、その違和感は森に入ってから奥に進むにつれて段々と強くなっていくように思えた。

それも、弁当を広げるために立ち止まったこの場所で、何かが自分たちに接近してくるような妙な気配に変わっていた。

あまりの胸騒ぎに居心地の悪さを感じたユーニスは、テキパキと弁当とシートを片付け始める。

「あれ、もう行くんですか?もう少し休んでいきませんか?」

フリーテはいまだポリンと戯れているユ−ニスに言う。

「ユーニスちゃん」

「はい?」

ポリンの背を撫でながら幸せそうな声でユーニスは返事をする。

「ここにいるのは危険です。早く行きましょう」

そう言ってる間に妙な気配の接近は確信へと変わる。

「? 危険って……別にそんなこともないと思いますけど…………?」

「来ます!」

フリーテが叫ぶが早いか空気が揺らいだかと思った次の瞬間、あたり一面は砂漠。

かといって、砂漠の都市であるモロク周辺へ転移されたというわけでもない。

まったく原因不明の異常事態。

そして二人の目の前には、天高くそびえる塔のごとくミミズ状のモンスター、ホードがゆらりと蠢いていた。

「……」

「……」

あまりに唐突な現象に巻き込まれたこともあるが、二人が絶句したのはこのホードの大きさだ。

通常このモンスターは平均的成人女性二人分程度の全長(あくまで地上に現した大きさであって地中に隠している分は含まない)でしかないが、このホードは軽く見積もってその倍程度はあろうかという大きさなのだ。

「あ……えっと、フリーテさん。これってもしかして……ピンチ?」

フリーテは咄嗟に逃げ道を確認するが、自分たちを取り囲むようにサンドマンたちが大きな円陣を組んでいる。

退路は断たれている。

「なんだかわかりませんが、そうみたいですね」

片づけを終わらせて周囲を警戒していたフリーテは既に剣を抜いて臨戦態勢に入っている。

不意に、そびえ立つ肉の巨塔はお辞儀をするかのようにその身を叩きつけてくる。

それほど動きが素早いわけではないのでそれぞれ左右に逃げて難を逃れる。

この愚鈍な肉塊は圧倒的な対格差を武器にして二人を攻め立てるつもりなのだ。

だが冷静に考えれば所詮はホードにすぎない。

自分たち二人が全力で戦えばそう恐れることもないだろう。

そう思い、ユーニスが戦闘態勢に入ったか見やるが、フリーテは息を呑んだ。

ユーニスはポリンを抱えて逃げ回っているために剣を抜いていなかったからだ。

それゆえにホードは執拗にユーニスに狙いを定めている。

「ユーニスちゃん!剣を抜いて!」

「そんなことできません!」

自分が守ってやらねば、一瞬でこの小さな命は手の届かないものとなってしまう。

剣を抜いて戦わなければ全員がやられてしまうという状況でも、ユーニスはポリンを守りきろうとしているのだ。

この少女に自分を優先しろと言ったところで聞きはしないだろう。

幸か不幸かホードはユーニスにのみ狙いを定め、自分には全く注意を払っていない。

「えぃッ!」

それならばと、フリーテは自分たちを取り囲むサンドマンの一体に剣を振り下ろす。

逃げ道を作ってしまおうと考えたのだ。

サンドマンは抵抗する素振りもなく一刀のもとに崩れ落ちてただの砂となるが、すぐに体を形成して仁王立ち。

試しに別のサンドマンを斬りつけるが結果は同じ。

だが、攻撃してくる様子はまるでない。

「やるかやられるか……ですか」

脱出を諦めホードを見やるが、いまだホードは自分に興味を持っていないようだ。

突進。

だが、それを阻むように砂が盛り上がりサンドマンとなる。

「邪魔です!」

サンドマンという生きた砂の壁を振り払いホードを斬りつける。

そのたびに異臭を放つ紫や緑という血液とも体液ともいえない液体が鎧を汚すが、そんなことを気にしてはいられない。

振り切ったサンドマンたちもすぐに再生してまとわりついてくるのでホードにまともなダメージを与えられない。

そのホードは斬りつけられるたびに軽くふらつくがダメージそのものはないようで、フリーテの攻撃などものともせずユーニスへ攻撃を続ける。

ユーニスも逃げ回っていたが、ついには砂に足をとられ転倒してしまう。

ポテンと砂をバウンドして転がって行くポリン。

そのチャンスを逃さずに、ホードはまず最も弱い生命体をこの世から抹消しようとその身を唸らせる。

「逃げてッ!」

ユーニスの叫びも虚しく裁きの鉄槌はくだされた。

ホードがその身を起こした後には、僅かばかりのピンク色の欠片が残るだけだった。

「あ……。あ……あ、あああああああああああ!」

ユーニスの悲鳴に聞き惚れているのか、悠然と起き上がったホードはなかなか攻撃の素振りを見せない。

次の獲物を決めかねているのだろうか。

膝をついて肩を震わせるユーニスに素早くフリーテが駆け寄る。

「ユーニスちゃん、しっかりして!」

その肩を掴み揺さぶる。

「私のせいで……私が転んだせいで……!」

「しっかりしなさい!」

正面からユーニスを見据えて叱り付ける。

「アナタは剣が振るえる。その剣は飾りですか?飾りではないのなら、アナタは何のためにその剣を振るいますか?」

そのフリーテの言葉にハッとするユーニス。

「あの子のことは残念ですけど、ユーニスちゃん、アナタは生きてる。今アナタがすべきことはなんですか?」

その言葉に、ついにユーニスは剣を抜く。

だが、その間に二人はサンドマンに包囲され、逃げ道がない状態となっていた。

空を見上げると、ホードが蠢いている。

逃げ道のない自分たちをサンドマンごと始末しようというのだ。

しかしユーニスが剣を抜き状況が変わった今、フリーテも遠慮なく持てる力を出し切れる。

「あるべき場所へ還りなさい!」

その怒気すら含む声とともにフリーテの体からまばゆい光が放たれた。

クルセイダーはその身を代償にして、地上に邪悪を浄化する十字架を描く。

その光に溶けるようにしてサンドマンが消えていく。

聖なる光が収束していくと同時にユーニスが勢いよく飛び出す。

「許さない!」

ホードを守るように地中から数体のサンドマンが姿を現すが、ユーニスは構わずに突き進む。

サンドマンをかいくぐりホードに迫る。

「やぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

裂帛の気合が、ものの数分前まで穏やかな昼下がりの風景であった戦場に響き渡る。

それとともに振り抜かれた剣気を纏った一撃が爆炎を巻き上げ轟音を轟かす。

 

………

 

……

 

 

今の戦いはまるで幻だったのだろうか。

砂漠と化していたはずの周囲は何事もなかったかのように緑に包まれている。

だが、鎧に残る戦いの傷痕が現実だと物語っている。

「泣いてばっかりで……後ろばっかり見てちゃダメですよね」

涙を拭い頬を両手で叩き、無理矢理に笑顔を作って気持ちを切り替える。

少々笑顔がぎこちないが、それでも明るく振舞おうとするところが可愛らしい。

「早くロリアさんを見つけないと大変なことになりそうですね」

「ええ、急ぎましょう。……で、その子はどうするんですか?」

言われてから足元にピタッと密着しているポリンに気づいたユーニス。

「え……?なんで…………?」

よく見てみると体の一部が欠けてはいるが、命に別状はないようだ。

ホードは渾身の一撃を叩き込む瞬間にフリーテから斬りつけられ、それによりバランスを崩し目測を誤ったのだ。

目測を誤ったとはいえ攻撃を受けたポリンはその身を僅かに失うこととなったが、その一撃で巻き上がった粉塵がポリンを覆い隠したために、跡形もなく命を失ったものとホードやユーニスに勘違いさせたのだ。

両手でポリンの目線が自分の目線と同じになるように持ち上げて、

「おまえも来る?」

問いを投げかけるが、それよりも視線でポリンに問いかける。

ユーニスの言葉を理解しているか定かではないが、その視線を外すことなくユーニスを見つめるポリン。

どうやらついてくる気らしい。

そんなポリンを嬉しそうに抱きしめ、破顔してフリーテに声をかける。

「フリーテさん」

「別に私は構いませんよ。ユーニスちゃんにだいぶ懐いてるようですし、誰かのペットとは大違いですね」

そんなに嬉しそうなのにダメなんて言えませんしね、と心の中で付け足しておく。

「さ、ろりあんが待っています。行きましょう」

「はいッ!」 

 

 

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