1 彼女の思惑 〜Little Panic


 

『探さないでください ロリアーリュ』

  

フェイヨン郊外にある冒険者グループ『ロリア組』のアジト。

朝一番、最も早く起きたラビティがリビングのテーブルで発見した一枚の書置き。

それについて、ぞろぞろと起き出したロリア組の各々が思いのままの朝食を摂りながら意見を述べている。

「別に放っておけばいいじゃん。本人が探すなって言ってるんだしさー」

と、楽観主義者の意見を述べるクアト。

「で……でも、やっぱり、心配ですよぅ」

ユーニスは軽いパニック状態で慌てふためいている。

ミアンは相棒であるジオソードに餌を与えながら、

「さてはロリア……。私に恐れをなして逃げ出したわね」

確信したかのように言う。

「逃げ出すって……。何か心当たりでもあるんですか?」

キョトンとした表情でフリーテが問いかける。

「そんなの決まってるじゃない。ロリアにしてみたら災難でしょうね、私がハンターになったんだもの」

「はぁ……」

「ロリアったら、私に実力で追い抜かれるのが怖くて逃げ出したのよ!そうよ、きっとそうよ。そうに違いないわ!」

起きぬけだというのに力強く語る。

そんなミアンの多少間違った方向での語りに愛想笑いで応じながら、親友としての意見をフリーテは述べる。

「逃げたかどうかはともかく、いくらろりあんが探すなと言っても放ってはおけませんよ」

そんな中この状況を好機と見逃すまいとするメモクラム。

「……これはチャンスよね。今のうちにロリア組をサラ組で乗っ取り…………むしろ私一人のものに……」

「メモすけ。お姉ちゃんがいない間に悪巧みするんじゃないヨ」

と、どんな状況でも釘を刺すことを忘れないアイネ。

メモクラムの考えそうなことなどお見通しというわけだ。

いくら頼りないとはいえ自分達のリーダーがいなくなったというのに、たいして慌てるでもなくまったりとした空気が流れている。

慌てているのは一人パニックなユーニスぐらいのものである。

「はわわわわ……。ロリアさん、いったいどこへ行ってしまったのでしょうか」

「ユーニスさん、もう少し落ち着いたらどうです?みっともない」

ピシャリと言い放ち、噛み締めるようにラビティは言葉を紡ぐ。

「ロリアさんがどこへ行ったかは大体の予測がついています」

ラビティの言葉にロリア組全員の視線が集中する。

「散歩がてら市場まで買出しに行ったのですが、街中とある噂で持ちきりでした」

もったいつけるようにテーブルについている各々の顔を見渡してから口を開く。

「プロンテラとアルデバランをつなぐ迷いの森です。おそらくロリアさんはそこにいるとみて間違いないでしょう」

「それはいいけど、どうしてそこだってわかるのよ」

皆同様の疑問をミアンが口にする。

その質問に頷き返し、街で耳にした噂なのですが、と前置きをしてその根拠を語りだす。

ラビティが耳にした噂とは、迷いの森の奥深くに誰も知らない泉が湧き出ていて、森の迷宮を抜けてその泉に辿り着くことが出来たものは、自分の望みを叶えてもらうことが出来る、というものだった。

「この話題はかなり新鮮なものですが噂の出所は不明です。ロリアさんがそこまで考えているとは思いませんがね」

そしてここにも一人飛びついた者がいた。

今まであれやこれやとメモクラムの朝食の世話をしていたセモリナだ。

「ということは、私と超絶美少女であるメモちゃんとの永遠の時間も約束されるというわけですねっ!メモちゃん、今すぐ私たちの永遠を叶えに行きましょう!さあ早く、今すぐに!」

興奮した様子で今にも飛び出さん勢いだ。

「お、お姉さま落ち着いて。それに、その発言は意味合いが違ってくるような気が……」

そんなセモリナに感化されたのか、ユーニスも夢見心地な表情を浮かべて言う。

「すごいですねぇ。私だったら、何お願いしようかな……。いくらお昼寝して過ごしても誰にも何も言われないような毎日とか素敵だなぁ。そんな夢みたいなことが現実にあるなんて……」

「あるわけないでしょ、バカ」

ユーニスの言葉を継ぐようにして、ささやかな妄想の幸せを一言で木っ端微塵にするミアン。

「なんなのよそれ。子供だましもいいとこね」

馬鹿馬鹿しいと言わんばかりのミアンの物言いに、隣に座っていたユーニスが小さくなる。

対面に座っていたフリーテが二人をなだめてからラビティに問う。

「それで、ろりあんがいなくなった理由っていうのは、もしかして……」

「まあ、ミアンさんが言うところのバカだったと。あの人のことです。深く物事を考えずに目的に突っ走って見事に罠にかかるタイプですからね」

深い溜め息と共に、辛辣な意見をズバリと言ってのける。

本人がこの場に居たら必死に弁解しただろうが、誰もそんな弁解に耳は貸さなかったことは間違いない。

「しょうがないな〜。ま、このまま野垂れ死なれても後味悪いしね〜」

コーヒーを飲み干してリビングを後にするクアト。

「世話が焼けるなあ、もう」

やれやれという表情を浮かべつつアイネも席を立つ。

「ここで恩を売っておけば後々有利かもしれないしね〜」

「そうですね。そしてここを爆熱らぶりぃメモクラム組にしてしまいましょう。きっとロリアさんも快諾してくださります。あぁ、なんて甘美な響きなのかしら……あ」

パタリ。

「お、お姉さま?お姉さま〜〜〜〜!」

恍惚の表情で床に倒れこむセモリナ。

頭の中で繰り広げられた爆熱らぶりぃメモクラム組のめくるめく愛欲の日々に正気を失い失神してしまったようだ。

そんな二人のやり取りもロリア組は慣れたもので、もはや完全無視である。

「またロリアの尻拭いなんて……。ホンット、面倒ばっかりかけてくれるわね」

ミアンも愚痴りつつだらだらと準備を始める。

「皆さん、もうちょっと急ぎませんか?もしもろりあんの身に何かあったら……」

数少ないロリア擁護派のフリーテが皆に訴える。

だが返ってくる答えは、

「自業自得」(ミアン)

「いつものことだし」(アイネ)

「いまさら、ねえ……?」(クアト)

とてもやる気があるとはいえないものだ。

そんなロリア組の中でも、ユーニス一人が良く通る声で宣言するように言う。

「フリーテさん、私も一緒にロリアさんを探します!頑張りましょう!」

「ユーニスちゃん……」

手を取り合って、頑張ろうねと励ましあう。

「見つけられなくても、どうせケロッと帰ってくるわよ。そんなに熱くなることないじゃない。今時流行らないわよ、そういうの」

ミアンの歯に衣着せぬ言い方は、高まりつつあったフリーテとユーニスの士気を無残に打ち砕いた。

二人して小さくなる。

「ああ、そうだ」

思い出したようにラビティが口を開く。

「皆さん、願いは早い者勝ちだそうですよ」

「何言ってるのさ。どうせデマなんでしょー?ラビ自身信じてないくせに」

「誤解しないでください。信憑性というものは各人の主観的判断によるものです。事実、私はデマと決め付けた発言をしましたか?確かにキナ臭い話ですが、自分の目で確かめずに真実を決め付けるのは愚かというものですよ。こういう話に限って案外本当だったりしますからね」

私も準備をしてきます、と自分の持ち物を揃えにラビティはリビングから出て行った。

 

5分後。

 

「とはいえ、正直私もこれは子供だましでしかないと思いますよ。何もかもが穴だらけです。信じろというほうが無理というもの。今時こんなのにひっかかる人がいるのでしょうか……。ん?」

ラビティが準備を終えてリビングに戻ってきたとき、既にロリア組のアジトはもぬけの殻だった。

ただ一人いまだ気を失っているセモリナがソファーに横たわっていた。

 

 

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