光の届かない、闇の奥底で。
およそ千年の静寂を引き裂きながら、その男は歩いていた。

古の戦いと混沌の傷跡が、今なお深く残る…グラストヘイム城。
地下深く沈み、あるいは崩れかけ、その巨大な残骸は迷路のように入り組んでいる。

千年前、永きの栄華を誇った「帝国」…今ではその名すら忘れ去られた国家。
首都でもあったこの城は、突然現れた数多の禍々しい魔族によって壊滅。
魔窟となった城に人の影は消え去った。
そして、ここを拠点として様々な魔物がミッドガルドの地を埋め尽くしていった。

その脅威に…武器を、魔法を手に、人々は立ち向かった。
初めは地域的・個人的な抵抗が、次第に協力・共闘という形を促していった。
最終的には、再編された帝国軍約八万人。
生き残りの帝国騎士団・聖堂騎士団の精鋭、約一万五千人。
民間の有志により編成された自由騎士団、約一万人。
…約十万人の兵力が平和と生存の為に集結し、グラストヘイム城に逆襲を開始した。
その熾烈な戦いはおよそ百日間続き、参加した人間は殆ど生き残らなかったという。

戦禍に脅え、隠れていた人々が気づいた頃には。
魔族の姿はいつのまにか消え、勇者たちは全てこの世から去り、
ただ、グラストヘイム城だけが戦いの痕を静かに残すのみであった。

後の世に、「聖戦」と伝えられる戦いである。

その後…ミッドガルドの主権を争って、醜い人間同士の戦いが繰り広げられたり
新たに生まれた国王によって、プロンテラに遷都が行われたりしたが、それはまた別の物語である。
「聖戦」以降、不穏な時代は確かにあったが、世界は概ね平和であった…と言って良いだろう。

(…少なくとも、この千年近くは、な)

男はふと、足元から派手に上がった埃に、視線を落とす。
踏み抜いたそれは、旧帝国の錦織の軍旗だった。

(………)

男はそれを、さらに踏み詰る。
風化した軍旗は陰湿な空気に溶け込むように、塵になって消えてしまった。

(…千年はお前等にとって、短かったのか、それとも長かったのか)
(どちらにしろ、待ちに待った時が近づいている…嬉しいか、化け物ども)

男はまた、黙って歩き始める。
しかし、その表情には…薄く、本人も自覚し得ていないほどの…笑みが、零れていた。

(約束の時は近い…)
(だが…奴らの思い通りになど、させるものか)

男は立ち止まる。
目の前には朽ちかけた、大きな扉があった。
それを足で蹴り飛ばす。
扉はゆっくりと倒れ、接地と同時に盛大な砂埃と反響音を響かせた。

…その時。

男の見据える先…闇の空間の中で、ぽつり、と紫色の光が点った。
光は次第に広がり、やがて天へと吹き上げんばかりの炎へと転じた。

(勝利者は恒に自らの剣によって、その栄光を掴むのだ…)

そして…炎の中から、闇が生じる。
闇は次第に自らを形作り、それは剣の姿へと変貌していく。
柄の部分…と思われるところから、眼球が飛び出し、全身から瘴気を吐き出す。

千年の昔、魔剣と呼ばれ、数多くの血を求めた厄…そのものの復活であった。

魔剣と男の視線が合った時。
男は既に抜刀し、神業のような速さで剣の威を叩き込もうとしていた。
ガキンッ!
鈍なら折れていたであろう一撃を、魔剣は苦も無く受け止める。
まるで、見えない手練れの使い手がいるかのように。
男は反撃に警戒しながら、一時距離を開けるが…魔剣は動かなかった。
その代わりに…紫色の怪しい光を、激しく明滅させる。
復活早々に、懐かしい人間の血を啜れる事に、狂喜しているのだ。

(…なるほど、こんな奴が再生しているようでは…)

男は剣を構えなおしながら、にやりと笑う。

(…猶予は僅か、という事か)

魔剣はゆらり、と一瞬揺れて。
瘴気と妖光を威圧するかのように吐き出しながら、ゆっくりと迫ってくる。

(我等しか知りえぬこの戦いを、捧げようではないか…凶禍の先鋒よ)
(…滅ぶべき、千年王国に)

男は両手剣を、上段に構える。
その表情は疑いよう無く…歓喜の坩堝にあった。


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